はじめに
企業で働く場合、部署の異動や職務の変更などの人事異動が行われることは珍しくありません。特に全国に拠点が多く存在するような企業の場合、人事異動によって勤務地がガラッとかわる・・といったことも多いでしょう。今回は働く人にとって影響が大きい人事異動について解説します!
人事異動とは?
人事異動とは、簡単に言えば「企業の命令によって従業員の地位や配置が変わること」をいいます。経営上の都合や職場の活性化、本人の能力開発や適性に合わせた教育などを目的として行われることが一般的です。人事異動については労働基準法などの法律で明確に定義されているものではなく、企業によってその定義は異なるケースがあります。
一般的な人事異動とは以下のような種類があります。
①配置転換
同一勤務地内で職務内容や勤務場所(所属部署)の変更を指すことが多いです。
②転勤・駐在
勤務地の変更を伴う職務変更又は勤務場所の変更
③出向
出向には主に「在籍出向」がありますが、在籍出向は出向元である企業に在籍のまま出向先となる他社とも雇用契約を締結する形態を指します。
➃転籍
所属していた企業を退職し、他社へ雇用関係を異動させることをいいます。
⑤昇格・降格
人事等級上のランクが上がることを「昇格」といい、逆に下がることを「降格」ということが多くなっています。
⑥昇進・降職
部長や課長等の役職が上がることを「昇進」といい、下がることを「降職」ということが多くなっています。
その他、一時的な勤務地の変更を「応援」と定義づけていたり、企業によってはより細かく定義しているケースもあります。
人事異動の手続き
人事異動とはどのような流れで行われるのでしょうか。一般的にはまず「内示」というものが出されます。内示とは人事異動に際して正式に通達する前に本人やその上長等の関係者に事前に内々に人事異動情報を伝えることをいいます。
内示を出す時期やそのルールについては法的な決まりがあるわけではありませんが、人事異動に際しては従前の業務の引き継ぎも必要となりますし、住所の移動を伴うような転勤の場合にはそれなりに準備が必要となります。そのため、一般的には内示は人事異動の1か月前程度には行われることが多いようです。一方で海外転勤の場合には赴任地での住まいや就労ビザの取得等も必要となり、その取得に数か月かかることも多いことから3か月前程度には伝えられることが多いです。
また、内示の方法は対面でも書面でもメールでもチャットツールであっても問題はないため、企業によって任意の方法で行われます。ただし、転勤は企業にとっても本人にとっても働く環境が大きく変わる重要な事項であるため、オンラインコミュニケーションが増えた昨今でもまずは所属長を交えて対面でのコミュニケーションを通して行われることが多い印象です。
なお、内示と混乱しやすい言葉として「辞令」がありますが、内示は正式に決定する前の打診であることに対し、辞令は内示を経て正式に決定した人事異動について通知するものです。
内示は上述したようにオフラインの対面でのコミュニケーションで行われることが多いですが、辞令は企業の正式な人事異動の発令となるため、トラブル防止のためにも書面やメール等の記録が残る形で行われることが一般的です。
人事異動は拒否できるの?
実際に人事異動を命じられた場合には、労働者本人にとって必ずしも本意でない部署への異動等もあり得るでしょう。しかし、就業規則等に人事異動の根拠が規定されている場合には、原則として従業員側が人事異動を拒否することは難しいと考えられています。
その理由として、企業には労働契約に基づく「人事権」があり、これは社内における労働者の採用、配置、懲戒、解雇等を決定する強い権利となっているためです。
なお、人事権については昨今の判例では就業規則に明確な根拠がない場合には「無効」と判断されているケースもあり、人事異動の根拠は明確に就業規則に明記することが求められます。
就業規則の作成義務と注意点
上述したように就業規則に人事異動の条文がない場合、従業員側として異動命令を拒否する根拠になり得ます。
ただし、人事異動の中でも「転籍」についてはそもそも本人の個別同意がなければ行うことは出来ないとされています。転籍は在籍していた企業を退職し、別の企業に籍を移すという大きな身分の変更を伴うためです。
そのため、就業規則に根拠があったとしても個別の同意のない場合は転籍させることはできないことに留意しましょう。
なお、就業規則に人事異動の根拠を定める場合には、セットで懲戒解雇の条文の対象となる事項に「人事異動命令に従わない場合」と記載しているケースも多く、この場合、安易に人事異動に従わないことは懲戒解雇となる可能性もあります。
人事権の濫用とは?
上述したように企業には広く認められた人事権があるとされていますが、一方でその権利行使が社会的に許容される限度を超える場合や、労働者が著しく不利益を被る場合などは「人事権の濫用」として訴訟においては人事異動が無効になることもあります。
<人事権の濫用として判断されるケース>
①業務の必要性がないのに人事権を行使しているケース
人事異動が企業の業務運営上必要がない場合には、人事権の濫用として認定される可能性がありますが、通常、判例でもこの業務上の必要性は比較的広く認められているため、従業員側の主張が否定されることは稀です。
②従業員として甘受すべき程度を著しく超え、不利益を被らせるケース
一般通念として我慢すべき範囲を超えるような、著しい不利益を従業員にもたらすような人事異動のことをいいます。
たとえば、単に「単身赴任になる」といったことや「通勤時間が前よりも長くなる」程度では足りず、判例上は介護が必要な重病の家族を労働者本人が世話していて、単身赴任をせざるを得ないような勤務地に異動になるような事例が人事権の濫用として認定されています。
③嫌がらせや見せしめといった不当な動機や目的があるケース
ある特定の従業員について企業の文句をたびたびいうので嫌がらせのためにわざと住居から遠い勤務地への異動を命じるといったいわゆる「報復人事」と呼ばれるようなケースは人事権の濫用として無効になります。
実務上は①や③が問題となるケースは少なく、多くの場合が②が問題となります。
昨今は特に共働きの家庭が増え、育児・介護等と両立している従業員も多いですが、育児介護休業法26条には「事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない」と定められています。
このように育児や介護を行う従業員への転勤命令は企業側にはより慎重な姿勢が求められるといえるでしょう。
終わりに
いかがでしたでしょうか。昨今ではリモートワークの普及など、転勤なしを採用戦略の一環とする企業も増加しており、異動命令に拒否権がある企業や本人の意向に沿った異動だけを行う企業など、優秀人財の確保や離職防止のために様々な工夫が行われている実態もあるようです。就業規則への記載がどのようになっているか今一度自社の人事異動の根拠についてご確認いただくとともに、改めて自社の人事制度について考えるきっかけになれば幸いです。
寺島有紀
寺島戦略社会保険労務士事務所 所長 社会保険労務士。
一橋大学商学部卒業。
新卒で楽天株式会社に入社後、社内規程策定、国内・海外子会社等へのローカライズ・適用などの内部統制業務や社内コンプライアンス教育等に従事。在職中に社会保険労務士国家試験に合格後、社会保険労務士事務所に勤務し、ベンチャー・中小企業から一部上場企業まで国内労働法改正対応や海外進出企業の労務アドバイザリー等に従事。
現在は、社会保険労務士としてベンチャー企業のIPO労務コンプライアンス対応から企業の海外進出労務体制構築等、国内・海外両面から幅広く人事労務コンサルティングを行っている。
HP:https://www.terashima-sr.com/
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