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コラム記事
2024.08.22

社会保険の適用拡大と年収の壁対策

2024年10月よりパート・アルバイトなどの短時間労働者の社会保険(厚生年金保険・健康保険)適用が拡大されます。配偶者の扶養の範囲内で働いていらっしゃるパート・アルバイトの方は、自分が対象になるのかどうか、このニュースが非常に気になっているのではないでしょうか?社会保険の適用拡大について、改めて社会保険の加入要件と法改正の内容を中心に社会保険労務士が解説します!

適用事業所の要件とは

 社会保険は事業所単位で適用され、(1)強制適用事業所と(2)任意適用事業所が社会保険の加入対象となる事業所になります。

(1)強制適用事業所
株式会社などの法人の事業所及び従業員が常時5人以上いる個人事業所(農林漁業・飲食業などのサービス業除く)は必ず加入対象となります。

(2)任意適用事業所
強制適用事業所の要件を満たさない場合でも、従業員の半数以上が適用事業所となることに同意し、事業主が申請して厚生労働省の認可を受けた場合、適用事業所となることができます。

原則の被保険者要件

 適用事業所に使用され、労務の対価として給与や賃金を受ける従業員は、国籍や給与の額などに関係なく原則として被保険者となります。ここでいう給与や賃金には、役員報酬も含まれるため、いわゆる労働者でない代表取締役や役員も対象になります。雇用保険や労災保険の場合は、原則として代表取締役などの役員は加入対象外ですが、社会保険は加入対象となります。そのため従業員を一人も雇用しておらず、代表取締役しかいない法人であっても役員報酬が出ている場合は、加入する義務がありますので注意が必要です。

 正社員や、法人の代表者・役員等だけでなく、パート・アルバイトであっても1週間の所定労働時間および1ヶ月の所定労働日数が、同じ事業所で同様の業務に従事している正社員の4分の3以上である場合は被保険者となります。

 また、健康保険は後期高齢者医療制度の対象となる75歳未満、厚生年金は原則70歳未満の方は被保険者となります。外国人、高齢者や未成年であっても適用事業所で加入要件を満たす場合は加入しなければなりません。学生のアルバイトで家族の健康保険の被扶養者であったとしても、週の所定労働時間が多い場合は加入の義務が発生しますので注意しましょう。

被扶養者の要件

 日本国内に住所があり、被保険者によって主として生計を維持され、かつ次の(1)収入要件及び(2)同一世帯条件を満たした場合は健康保険の被扶養者に該当します。

(1)収入要件:年間の見込み収入が60歳未満の場合は130万円未満、60歳以上または障害者の場合は180万円未満かつ、被保険者と同居の場合は収入が被保険者の半分未満、別居の場合は収入が被保険者からの仕送り額未満であることが必要です。ここでいう収入には雇用保険の失業等給付、公的年金、健康保険の傷病手当金や出産手当金も含まれます。

(2)同一世帯条件:配偶者・子・孫・兄弟姉妹および父母・祖父母などの直系尊属は被保険者と同居している必要がありません。それ以外の3親等内の親族、内縁関係の配偶者の父母及び子は被保険者と同居していることが必要です。

2024年10月の適用拡大

 上記のことから、パート・アルバイトの中には、配偶者の扶養の範囲内で働くために所定労働時間や年間収入が一定範囲内に収まるように抑えている方がいらっしゃると考えます。しかし、2022年10月から段階的に、企業規模に応じて原則の被保険者要件を満たさないパート・アルバイトであっても一定の要件を満たす場合は、社会保険の対象となる範囲が拡大されています。2022年10月からは従業員数が101人以上の企業、2024年10月からは従業員数が51人以上の企業は以下の要件をすべて満たすパート・アルバイトは社会保険の加入要件を満たします。

①週の所定労働時間が20時間以上
②所定内賃金が月額88,000円以上
③2か月を超える雇用契約の継続
④学生ではない(休学中や夜間学生は加入対象です)

 ①週の所定労働時間が20時間以上であるかどうかの判断は、基本的に雇用契約書に基づいて判断しますが、雇用契約書上では週の所定労働時間が20時間未満であっても、実労働時間が2か月連続で週20時間以上となり、さらにその状態が続くと見込まれる場合は、3か月目から加入になります。
②所定内賃金とは基本給だけでなく諸手当も含みます。ただし、残業代、賞与や最低賃金に算入しない精皆勤手当、通勤手当及び家族手当は含みません。

 また、企業規模を判断する従業員数は、単なる従業員数ではなく、原則の厚生年金保険の被保険者要件を満たす従業員数をいいます。つまりフルタイムの従業員数と、週の所定労働時間および月の所定労働日数がフルタイムの4分の3以上である従業員数の合計で判断します。この企業規模の判断は会社が自主的に判断します。ただし、法人の場合は法人番号が同一の全企業を合計し、個人事業所は個々の事業所ごとにカウントした場合、直近12ヶ月のうち6ヶ月にわたって従業員数が基準を上回っていた場合は、日本年金機構によって適用されます。

年収の壁対策

 社会保険適用拡大により、要件の一つである所定内賃金が月額88,000円以上の場合は年収に換算すると約106万円以上となります。これまでは健康保険の被扶養者であるための「130万円の壁」、所得税法上の被扶養者であるための「103万円の壁」という言葉がありましたが、社会保険適用拡大に伴い、新たに「106万円の壁」という言葉が生まれました。

 健康保険の被扶養者は、健康保険料の負担はなく、また国民年金の第3号被保険者となるため、国民年金の保険料負担もありません。しかし、社会保険適用対象となった場合、社会保険料が給与から天引きされることによって、年収によってはこれまでより手取り収入が減ってしまう可能性があります。社会保険加入による手取り収入減少を回避するため就業調整することは、労働力不足やキャリアアップの機会の制限などの問題点があります。そのため年収の壁対応として政府は「年収の壁・支援強化パッケージ」を打ち出しています。

「106万円の壁」対応
 新たに社会保険の適用となるパート・アルバイトの手取り収入を減らさないため、手当の支給や賃上げ、所定労働時間を延長するなどの取組を行った企業に対する支援策として、政府はキャリアアップ助成金「社会保険適用時処遇改善コース」を新設しました。これにより労働者1人当たり最大50万円が支給されます。
また、社会保険適用に伴い手取り収入を減らさないように支給した手当、「社会保険適用促進手当」は、社会保険料を算定する際に本人負担分を上限として算定対象とはなりません。

「130万円の壁」対応
 年収が130万円を超えるものの、社会保険の加入要件を満たさない場合は、自身で国民健康保険、国民年金に加入する必要があります。こうした保険料負担を避けるため就業調整するパート・アルバイトはこれまでも少なくなく、人手不足が著しい近年は特に問題となっていました。そのため、雇用契約書で定められた週所定労働時間や所定労働日数は変わらないものの繁忙期で一時的に残業等によって労働時間が増えたことにより130万円の壁を超えてしまう場合は、2023年10月20日以降の被扶養者認定から2年間の時限措置として連続2回までに限りパート・アルバイトを雇用する事業主がその旨を証明することによって、引き続き被扶養者認定を受けられる仕組みが示されました。

 しかし、これらの年収の壁対策はあくまで社会保険適用に対する対応策ですので、所得税や住民税については別途注意が必要です。また、原則通り社会保険に加入している従業員との不公平感にも配慮が必要でしょう。

まとめ

 社会保険の適用対象となると保険料負担による被保険者本人の手取り収入の減少だけでなく、事業主にとっても人件費の負担が重くのしかかります。しかし、被保険者本人にとってはデメリットだけでなく、国民健康保険にはない健康保険給付(傷病手当金や出産手当金)が受けられ、将来受け取れる年金(老齢・障害・遺族)額も増えるため長期的にはメリットもあります。こうしたメリットを丁寧に説明することで、年収の壁を超えて働くことを選択する労働者も増加する可能性があります。深刻な人手不足や新規採用の難しさはこれからも続くことが予想されます。これを機会に助成金等を活用しながら働き方や労働環境・労働条件を見直すきっかけとなれば幸いです。


寺島有紀
寺島戦略社会保険労務士事務所 所長 社会保険労務士。

一橋大学商学部卒業。
新卒で楽天株式会社に入社後、社内規程策定、国内・海外子会社等へのローカライズ・適用などの内部統制業務や社内コンプライアンス教育等に従事。在職中に社会保険労務士国家試験に合格後、社会保険労務士事務所に勤務し、ベンチャー・中小企業から一部上場企業まで国内労働法改正対応や海外進出企業の労務アドバイザリー等に従事。
現在は、社会保険労務士としてベンチャー企業のIPO労務コンプライアンス対応から企業の海外進出労務体制構築等、国内・海外両面から幅広く人事労務コンサルティングを行っている。
HP:https://www.terashima-sr.com/

2023年11月16日に、弊所社労士大川との共著書「意外に知らない?! 最新 働き方のルールブック」(アニモ出版)が発売されました。
意外に知らない?! 最新 働き方のルールブック | 寺島 有紀 編著, 大川 麻美 |本 | 通販 | Amazon

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