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はじめに
「高度プロフェッショナル制度」という働き方をご存じでしょうか。
2019年4月から施行された、まだ比較的新しい制度です。この制度は、ざっくり言うと「優れた専門知識を要する人材を、労働時間規制の対象から外し、最大限の成果を上げてもらう」ことを目的に創設された労働時間制度です。
自律的で創造的な働き方を希望する労働者が、高い収入を確保しながらメリハリのある働き方をできるよう、本人の希望に応じた自由な働き方の選択肢を用意するものであるとされ、働き方改革の重要な一施策と位置付けられました。
しかし、導入企業は2022年3月末時点で21社にとどまっており、活用のハードルが高いことから未だ制度の活用は進んでいないのが実態です。今回は高度プロフェッショナル制度の概要と導入における注意点について解説します。
高度プロフェッショナル制度とは
高度プロフェッショナル制度とは、「高度の専門知識等を有し、職務の範囲が明確で一定の年収要件を満たす労働者」を対象として、労使委員会の決議および労働者本人の同意を前提として、年間104日以上の休日確保措置や健康管理時間の状況に応じた健康・福祉確保措置等を講ずることにより、労働基準法に定められた労働時間、休憩、休日および深夜の割増賃金に関する規定を適用しない制度です。
高度プロフェッショナル制度の対象業務
対象業務は「高度の専門知識を必要とし、その性質上従事した時間と従事して得た成果との関連性が高くないと認められる業務」のうち省令で定める以下の5業務に限定されています。
- 金融商品開発業務
- ファンドマネージャー、トレーダー、ディーラーの業務
- 証券アナリストの業務
- コンサルタントの業務
- 新たな技術、商品または役務の研究開発の業務
なお、対象業務は部署において行われる業務のすべてが該当するものではなく、「対象労働者が従事する業務」で判断され、業務に従事する時間に関して使用者から具体的指示(出勤時間の指定や業務量に対して著しく短い納期限の設定、特定の日時を指定して会議に出席することを一方的に義務付けること、その他の実質的に当該業務に従事する時間に関する指示と見込まれるものを含む)を受けて行うものは対象外とされ、働く時間帯の選択や時間配分について自らが決定できる広範な裁量が認められていることが必要です。
高度プロフェッショナル制度の対象労働者
対象労働者は以下のすべての要件を満たす必要があります。
- 対象業務に常態として従事していること(対象業務以外の業務にも常態として従事する場合は対象外)
- 使用者との合意に基づき、書面により職務(業務の内容、責任の程度、職務において求められる成果その他の職務を遂行するにあたって求められる水準)が明確に定められていること
- 年収が1,075万円以上であること(使用者から確実に支払いが見込まれる賃金の額のみを対象とし、勤務成績や成果に応じて支給する賞与等は含まない)
- 制度のしくみや期間、賃金額を示したうえで対象労働者本人から書面で同意を得ること
労働時間規制が外されるということで、非常に厳しく対象者要件が定められています。特に年収要件に関しては目新しさもあり大きな話題になりました。
高度プロフェッショナル制度の導入や運用における留意点
制度導入をする際には対象となる事業場において労使委員会を設置し、委員の5分の4以上の多数により、以下の事項を決議する必要があります。労使委員会で決議した以下の内容を所轄の労働基準監督署へ届出し、対象労働者の同意を書面で得ることにより、初めて制度の対象として業務に就かせることができます。また、決議から6か月以内ごとに③、④、⑥の実施状況を労働基準監督署へ報告する必要があります。
- 対象業務
- 対象労働者の範囲
- 健康管理時間の把握(事業場内で過ごした時間+事業場外で労働した時間をタイムカード等の客観的な記録方法で把握すること)
- 休日の確保(休日を年104日以上、かつ、4週間を通じ4日以上付与すること)
- 選択的措置(1年に1回以上の連続2週間の休日を与えること等)
- 健康管理時間の状況に応じた健康・福祉確保措置(心とからだの健康問題についての相談窓口の設置等)
- 同意の撤回に関する手続き(対象労働者は同意の対象となる期間中に同意を撤回することができます)
- 苦情処理措置
- 不利益取扱いの禁止
- その他厚生労働省令で定める事項(決議の有効期間等)
現在、労働安全衛生法により高度プロフェッショナル制度適用者には、1週間あたりの健康管理時間が40時間を超えた場合におけるその超えた時間が月100時間超となった場合は、対象労働者からの申し出がない場合でも医師の面接指導の実施が義務付けられており、また月100時間を超えない場合でも対象労働者から申出があった場合は医師による面接指導を実施するよう努力義務が課せられています。併せて産業医に対する健康管理等に必要な情報提供が義務付けられており、それらを履行するためにも健康管理時間の把握は適切に行う必要があります。なお、健康管理時間の把握のほか、疲労の蓄積を防止する観点から休日の確保、健康・福祉確保のための措置を実施する必要があり、それらを実施していない場合は制度が無効となる点も注意が必要です。
「裁量労働制」や「労働基準法上の管理監督者」との違い
一般的に裁量労働制や管理監督者はすでに導入している企業も多いと考えますが、高度プロフェッショナル制度と比べてどのような違いがあるのでしょうか。
<裁量労働制と高度プロフェッショナル制度の違い>
裁量労働制には専門業務型裁量労働制と企画業務型裁量労働制がありますが、高度プロフェッショナル制度と比べて対象となる職種の範囲が広く、年収の要件もありません。また、裁量労働制は労働基準法における労働時間の概念があるため、みなし労働時間を超えた場合や休日、深夜労働が発生した場合には割増賃金が支給されるという点が制度上大きく異なっています。
<労働基準法上の管理監督者と高度プロフェッショナル制度の違い>
労働基準法上の管理監督者とは「労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」をいい、管理監督者に当てはまる場合は労働基準法で定められた労働時間、休憩、休日の規制の適用対象外となりますが、高度プロフェッショナル制度と比べて管理監督者は対象業務の制限や年収要件がないこと、また、深夜労働に対する割増賃金が支給されるという点において大きく異なっています。
実際に高度プロフェッショナル制度を従業員に適用したいという場合、裁量労働制の適用や管理監督者への任用との違いを押さえたうえで、適用の要否を確認していく必要があると考えます。
制度導入による効果
昨年厚労省より公表された高度プロフェッショナル制度に関する報告でも「自分の能力を発揮して成果を出しやすい」「時間にとらわれず自由かつ柔軟に働くことができる」「仕事の裁量が与えられていることでメリハリのある仕事ができる」「働きがいにつながっている」等、プラスの効果があげられている一方で、「業務量が過大」であることや「長時間労働につながっている」という結果も出ています。
高度プロフェッショナル制度は労働時間ではなく、成果に応じた賃金の支払いとなるため、生産性を高めながら自由な働き方でワークライフバランスを実現していくことができます。しかしその一方で、本来この制度を適用すべきではない、例えば経験年数が浅く生産性が低い従業員に適用してしまうことは危険だと考えています。だらだらと労働をしていまい高残業につながる、心身のバランスを崩してしまう、ということになれば、成果拡大やメリハリとは真逆の結果が生じてしまいます。対象労働者の見極めや業務量にも十分留意しつつ制度を導入する必要があります。
終わりに
高度プロフェッショナル制度の概要と留意点について解説してきましたが、制度の導入や管理が相当に大変だという印象を持たれた方もいるかもしれません。上述したとおり、導入のハードルの高さゆえ導入している企業自体がまだ非常に少なく、2023年3月現在の運用ですと、導入企業に対する労働基準監督署の調査は必須とされています。
高度プロフェッショナル制度は、そもそも対象業務が高度な専門的を要する5業務しかなく、仮に業務内容がマッチしたとしてもさらに対象者要件が狭く設定されている、といった内容から、到底自社やその従業員には身近に感じられない、という方も多いと考えます。
ただし、対象業務や対象者要件をクリアした一部の方に適用することで、対象者が今までは考えられなかったような大きな成果を上げたり、時間にとらわれない自由な働き方を手にしたりできる可能性を秘めています。それは企業全体の生産性の向上にもつながると考えています。
しかし、誤った認識のまま制度を導入してしまうと思わぬ労使トラブルや未払い残業代の発生に発展する可能性が非常に高いです。高度プロフェッショナル制度の導入を検討されている企業様には、専門家のアドバイスを受け、まずは制度詳細を理解いただいたうえ、熟考を重ねていただくことをおすすめします!
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